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仙台高等裁判所 昭和61年(ラ)19号 決定

抗告人

三協住宅株式会社

上記代表者代表取締役

村川昭彦

上記代理人弁護士

八木橋伸之

相手方

岩手ナショナル設備機器株式会社

上記代表者代表取締役

和氣健夫

主文

一  別紙第三債務者目録中1、8、14記載の者らに関する原債権差押命令に対する本件抗告を却下する。

二  同目録中、その余の者らに関する原債権差押命令を取り消す。

相手方の、上記第三債務者に関する各債権差押命令申立を却下する。

三  同目録中1、8、14記載の者らに関する債権差押命令に対する抗告費用は抗告人の負担とし、同目録中、その余の者らに関する手続の総費用は相手方の負担とする。

理由

一本件執行抗告の趣旨は「原債権差押命令を取り消す。相手方の別紙第三債務者目録1ないし15記載の者らに関する各債権差押命令申立を却下する。」旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二本件担保権実行事件記録によれば、本件抗告の目的である各原債権差押命令発令の経過は次のとおりであることが認められる。

1  すなわち、原審は、昭和六一年二月一七日、相手方の申立により、相手方の抗告人に対する動産売買の先取特権に基づき、抗告人の第三債務者らに対する各請負報酬金債権について債権差押命令を発したが、その詳細は下記のとおりである。

(1)  相手方が抗告人に対して昭和六〇年一一月八日から、同年一二月六日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下ユニット等二七点の住宅設備機器商品の売買代金六一一、一八〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者目録1記載の者(以下においては、同目録の番号を掲記し、例えば、第三債務者1の如く呼称する。)の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬債権のうち、上記売買代金相当額

(2)  相手方が抗告人に対し昭和六〇年一〇月二三日から同年一二月三日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等二五点の住宅設備機器商品の売買代金三三五、八二〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者2の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(3)  相手方が抗告人に対して、昭和六〇年一〇月二六日から同年一二月四日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等二一点の住宅設備機器商品の売買代金四五二、六七〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人が第三債務者3の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(4)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一一月二二日から同年一二月一六日までに売り渡した松下電器産業株式会社製のニューロングキッチン等二四点の住宅設備機器商品の売買代金八七八、三五〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者4の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(5)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一〇月一七日から同年一二月一二日までに売り渡した松下電器産業株式会社製のシステムキッチン等二六点の住宅設備機器商品の売買代金八九六、七九〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者5の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(6)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一〇月二六日から同年一二月五日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下収納庫等一七点の住宅設備機器商品の売買代金六五九、一二〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者6の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(7)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一〇月二一日から同年一一月二七日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下ユニット等一二点の住宅設備機器商品の売買代金二五六、一一〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者7の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(8)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一二月二〇日から昭和六一年一月九日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下ユニット等一七点の住宅設備機器商品の売買代金五九四、八九〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者8の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(9)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年九月二四日から同年一〇月二八日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等二三点の住宅設備機器商品の売買代金五九五、四九〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者9の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(10)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一〇月二三日から同年一一月二七日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等二三点の住宅設備機器商品の売買代金四一一、一五〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者10の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(11)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一一月一九日から同年一二月一六日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下収納庫等二〇点の住宅設備機器商品の売買代金四三〇、〇七〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者11の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(12)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一一月一三日から同年一二月一六日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下ユニット等二三点の住宅設備機器商品の売買代金七四四、七一〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者12の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(13)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一一月一三日から同年一二月二七日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等一九点の住宅設備機器商品の売買代金三一一、〇一〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者13の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(14)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一〇月二三日から同年一一月三〇日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の流し台等一八点の住宅設備機器商品の売買代金六九〇、二七〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者14の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

(15)  相手方が抗告人に対し、昭和六〇年一一月八日から同年一二月一六日までに売り渡した松下電器産業株式会社製の床下ユニット等二六点の住宅設備機器商品の売買代金五五六、三一〇円の債権を被担保債権とし、その先取特権に基づき、抗告人がその頃第三債務者15の肩書地所在の住宅新築工事を請け負い、上記動産を用いて工事を施行した、同人に対する請負報酬金債権のうち、上記売買代金相当額

2  上記の各債権差押命令は昭和六一年二月二八日いずれも債務者たる抗告人に送達されたが、第三債務者に対しては、上記(2)、(3)、(5)、(9)、(10)、(11)、(13)、(15)の各債権差押命令が同年二月一八日、同(4)、(7)、(12)のそれが同年同月一九日、同(6)のそれが同年同月二〇日それぞれ送達されたものの、同(1)、(8)、(14)の債権差押命令は一旦不送達となつたため、相手方は同年二月二七日上記三件の債権差押命令について明白な誤謬があることを理由に更正決定の申立をなし、原審は同年三月五日、(1)の差権差押命令の第三債務者の氏名「伊藤秀治」を「伊藤秀二」に、同住所「岩手県岩手郡滝沢村滝沢第一一地割字牧野林」を「岩手県岩手郡滝沢村大字滝沢第一一地割字牧野林一〇一四番地六」に、(8)のそれの第三債務者の住所「盛岡市緑ケ丘二丁目二三―一五」を「盛岡市緑が丘二丁目一一番一三号」に、(14)のそれの第三債務者の住所「盛岡市厨川二丁目八の一七」を「盛岡市厨川二丁目八番一八号」に各更正する旨の決定をなし、以上の更正決定は同年三月一一日抗告人に送達され、また上記(1)、(8)、(14)の各債権差押命令とその更正決定が同年三月六日((1)、(14))及び同年同月七日((8))、それぞれ第三債務者に送達された。

そして、抗告人から原審に対し、上記各債権差押命令(更正決定にかかるものを含む。)中、(2)ないし(7)、(9)ないし(13)、(15)について同年三月七日、(1)、(8)、(14)について同年三月一二日それぞれ執行抗告(本件抗告)の申立がなされた。

三上記事実関係をもとに考察すると次のとおりである。

1  上記(1)、(8)、(14)の各債権差押命令については、これらの債権差押命令は昭和六一年二月二八日にいずれも債務者たる抗告人に送達されて、抗告人に告知されたものである(これらの差押命令はのちに、第三債務者の氏名(「秀治」を「秀二」)や住所が更正されたけれども、更正の効果は更正前の差押命令の発令時に遡つて生じるものであるうえ、更正の対象となつた差押命令の誤謬は債務者たる抗告人にとつて被差押債権の同一性の識別を困難ならしめるような不可欠の事項ではない。)から、抗告人は上記各債権差押命令の告知を受けたことにより、同時に被差押債権について差押がなされたことを知り、これに対する不服申立をなしうる状態になつたものというべきである。

債権差押命令に対する執行抗告は、民事執行法一四五条五項、一〇条二項により裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内に抗告状を提出してしなければならないところ、上記各債権差押命令についての本件執行抗告は、抗告人が昭和六一年二月二八日に差押命令の告知を受けたのち、法定の期間を経過したのちの同年三月一二日に抗告状を原審に提出してなされたものであつて不適法であり、その不備を補正することができないものであるから、却下すべきものである。

2  次に、その余の各債権差押命令については、動産売買の先取特権に基づき、債務者がその動産を用いて請負工事を施行した請負報酬金債権について物上代位により差押をなしうるかは問題のあるところであるが、当裁判所は、少くとも本件の如く、売買動産を住宅新築工事の僅少な一部に組み込んで工事がなされた場合の工事請負報酬金債権は、その一部に売買動産の価値に相当する部分が現存することは観念上肯定しうるものの、組込加工に伴う報酬額が包含されて両者が明確には区分しがたくかかる関係が存する以上報酬金債権をもつて売買動産の代替物ということは難しく、民法三〇四条一項の債務者が売買動産の売却等により受くべき債権に該当するものと認めるのは、相当でないというべきである。

したがつて、各売買動産を用いて工事した抗告人の第三債務者に対する各工事請負報酬金債権が各売買動産の代替物に当るとの見解を前提にしてした原審の上記各債権差押命令は違法であつて取消を免れない。

四よつて、本件執行抗告は、上記(1)、(8)、(14)の各債権差押命令に関する分は不適法であるからこれを却下し、その余の各債権差押命令に関する分は理由があるから、原債権差押命令を取り消して、相手方の各債権差押命令申立を却下し、申立費用の負担につき、民事執行法二〇条、民事訴訟法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

抗告理由

一、相手方である岩手ナショナル設備機器株式会社(以下単に相手方会社という。)は、抗告人に対し継続的に建築材料(流し台・ガスレンジ等)を供給してきた会社である。

ところが抗告人が本年一月二五日盛岡地方裁判所に対し、和議の申立をしたところ、相手方は抗告人の注文主に対する請負報酬請求債権に対し、動産(上記建築材料)売買に基く先取特権を理由に(ただし物上代位)差押命令を申し立て、その旨の決定を得た。

二、しかし、建築材料を供給した者がその代金について、目的物の上に存する先取特権に基づき請負人の報酬請求権の上にも物上代位を行使することができるかについては、学説の上では争いもあるが、実務の上では大審院以来これを否定するのが大勢となつている(大判大正二・七・五民六〇九頁、我妻民法講義Ⅲ新訂担保物権法六一頁、注釈民法八巻一〇〇頁)。

最近の一部下級審の判例の中にはこれを肯定するものも現れているが(判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕四六五号一〇八頁)、最高裁は右大審院以来の判例を改めることなく今日に至つており、右判決は今でも指導的役割を果たしている。

また建築業界の慣習もこれにならつて構築されてきた。

否定説の主たる理由として、請負代金は単なる個品価格の集合体ではなく、一個の建物として有機体となつた無形の利益分が含まれていること、従つて差押を許せばその差押可能範囲(割合)の特定が難しく、大混乱に陥ることが挙げられているが、この理は現在も全く変わつていない。

単なる公平の見地から認めるとすると、動産を先に納めた業者が事実上優先権を持つことととなり、不動産工事の先取特権や工事代金を融資した金融機関の抵当権が事実上これに遅れるという奇妙な結果となる(特に出来高払の場合に、完成途中で差押が為されると、この矛盾がより一層明白となる)。

従つていまこの理を急に覆すことは法的安定性を損うこととなつて、到底許されず、上記差押決定は取消を免れない。

三、また差押の効力の及ぶ範囲は、相手方の請求部分のみであるにしても、第三債務者らは抗告訴訟の係属中に、あるいは相手方外会社に支払いあるいはこれを供託してしまうことも予測され、しかるときは事実上差押の効力が請負代金全額に及んだのと同一の結果をもたらすこととなり、ひいては抗告人の資金繰計画を大幅に狂わせ、和議による再建にとつて重大な障害となることは必定である。

別紙 第三債務者目録

1   伊藤 秀二

2   内山源之助

3   米沢 和彦

4   佐藤 好信

5   刈屋 幹雄

6   小田島 享

7   藤沢 弘志

8   矢神 裕治

9   千葉 賢二

10   阿部正四郎

11   和泉 幸雄

12   米沢 幸市

13   関村 誠一

14   北田  耕

15   柳田 聖悦

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